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『ナナメの夕暮れ』には共感というよりは、学べることがたくさんあった

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こんにちは、ポルスクです。

今回は、オードリーの若林さんが書いた『ナナメの夕暮れ』という本を紹介します。

 

これは『社会人大学人見知り学部卒業見込』の続きのような本です。

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40歳を目の前にした著者が、前作とは違い少し違った視点で世界を見ることができるようになっている、その軌跡が書かれています。

そして、そこには共感というよりは、学べることがたくさん書いてありました。

 

ということで、本書から学んだことについて書いていきます。

上手くいった喜びには失敗の苦しみが必要

若い頃は漫才をしていて、上手くいかないことやほんのちょっとしたミスが悔しくてたまらなかった。だから、漫才に対してあまり良い記憶はない。でも、きっとただ純粋に”試す”ことは楽しかったんだろうな。それじゃなきゃ、飽きっぽい自分が何年も続けるはずがない。

試すってすごく楽しいことなんだ。何かが上手くいく喜びには、それまでうまくいかない苦しみが必要不可欠なんだ。隣のサラリーマンがミスショットをしてクラブのヘッドを地面にゴン!と叩きつけた。きっとこの人はミスをしに来ているのだろう。うまくいく喜びのために。

参考:『ナナメの夕暮れ』

これにはものすごく納得できました。

そして、この本を読むまであまり意識したことがありませんでした。

 

あらゆることが自分の思うようにいってしまったら、多分面白くないだろうなあと思います。

そりゃ、最初は自分の思うとおりに何でもできるんだったら楽しいんだろうけど、徐々にそういったことに慣れて、飽きていくと思います。

 

ゲームだって、ずっとイージーモードやってるとつまらなくなるじゃん。

常に勝てて最初はいい気分になるかもしれないけど、ちょっとずつ飽きていってしまいます。

ゲームが面白い理由には、勝てるかどうかわからない不安感と、そういった状況の中でなんとか工夫して勝つ嬉しさみたいなものがあると思います。

そして、多分ゲーム以外の物事にも同じことが言えます。

 

だから、うまくいかずに悶々とする辛さや苦しみみたいなものが必要なんだなって思いました。

失敗があるから成功したときに嬉しくなるんだ、ってことを改めて認識できました。

公式を"学ぶ"のではなく"作る"

今まで学校の勉強では先生が書いたことをノートに写し、先生の教えてくれたことや考え方をテストでそのままなぞっていた。(そんなにちゃんと勉強してなかったけど)。そして、部活では上手な先輩の投げ方や蹴り方を真似て練習するように言われた。公式を外側から教えてもらって、それを身につける方法論は知っていた。だけど、公式そのものを自分の内側で作り上げてものを作る方法は誰にも教わったことがなかった。それは相方も同じだったから、隣の先輩の趣味の欄を見て書いてしまったのだろうか。

参考:『ナナメの夕暮れ』

僕が社会人になってよく先輩から言われることのひとつに、こんなものがあります。

 

もっと自分で考えようよ・・・

 

今まで僕は、先輩から言われたことを表面的になぞってそれっぽくやっているだけでした。

だから、言われた通りにするだけでそれ以上のことができない、そんな人間になっていました。

 

そうなってしまった理由のひとつには、本書に書かれているように、学校では公式を先生に教えてもらい、それをそっくりそのまま覚えることしかしてこなかったことがあると思います。

学校の勉強では、自分で新しく公式を作るなんてことはまったくしてきませんでした。

ただ言われたことを言われた通りにするロボットでした。

 

そして、本書にはこう書いてあります。

公式は内側で練り上げるものなのに。

参考:『ナナメの夕暮れ』

 

確かに、学校以外の場面では、自分で公式を練り上げる必要のある場面はいくらでもあります。

 

例えば、仕事を始める前にもそういったことはありました。

部活なんかはまさにそれでした。

 

引用した部分に書いてあるのと同じく、僕も部活では上手な先輩の技術を真似するように言われました。

でも、体格とか体の柔軟性とかが先輩とは異なるため、真似するだけではだめでした。

だから、自分で自分なりのやり方を考え、ただ真似しているときよりもうまく試合ができるようになりました。

 

そんな感じで、うまくいく方法を自分なりに考えてやっていかないとだめなんだと思います。

もう学校を卒業しちゃったし、これからは今までに学んだことやこれから学ぶことを活かして、新しい公式を作ったり見つけたりする必要があります。

 

もっと自分の中で公式を練り上げていかないとな。

ナナメの殺し方

そうやって他人がはしゃいでいる姿をバカにしていると、自分が我を忘れてはしゃぐことも恥ずかしくてできなくなってしまう。

それが”スタバでグランデと言えない”原因である。

誰かに”みっともない”と思われることが、怖くて仕方がないのである。

そうなると、自分が好きなことも、他人の目が気になっておもいっきり楽しむことができなくなってしまう。

それが行きつく先は「あれ?生きてて全然楽しくない」である。

他人への否定的な目線は、時間差で必ず自分に返ってきて、人生の楽しみを奪う。

参考:『ナナメの夕暮れ』

僕は割と他人を否定的な目で見てしまうことが多いので、これはちょっと痛いところを突かれた感じです。

 

確かに、他人に対する否定的な見方が自分を苦しめているっていう部分はありますね。

 

自分の中に他人を否定する考えがあるから、自分のことを否定してくる他人がいるかもしれないとおびえて、好きなことも思う存分楽しめないということがあります。

 

そして、そのような否定的な自分を消して人生が面白くない状態を脱するには、”肯定ノート”を作ることだと本書には書かれていました。

 

まずは自分がやっていて楽しいことを小さなことでも書いていく。

そして次は、他人を肯定する。

著者の場合は、初めは尊敬する人について書いていき、慣れてきたら普段接している人について書いていったそうです。

 

そして、そういったことをしていると徐々に自分の中の否定的な視線が矯正されていき、自分の言動を否定的に見てくる人が世の中に思っているほどいないことに気づいたのだそうです。

最後に:人生を楽しく生きたい

本書には、自意識過剰で苦しんでいた1人の人間が、人生を楽しく生き始めるまでの軌跡が書かれています。

 

『社会人大学人見知り学部卒業見込』を読んで共感できた人なら、本書から学べることはきっとあるはずです。

僕も本書を読んで、人生をちょっとでも楽しくできたらいいなあと思います。

 

ということで、興味があればぜひ読んでみてください。

 

 

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