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小説版『ホースソルジャー』感想:映画だけでは分からない圧倒的事実を伝える衝撃作

こんにちは、ポルスクです。

今回は小説版『ホースソルジャー』(ダグ・スタントン著、伏見威蕃訳)を紹介します。

 

本作は映画にもなっていますね。

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最新鋭の武器を持った兵士たちが、馬に乗って戦うというのが魅力的な面白い映画でした。

また、北部同盟という組織と関係を構築して共に戦うという展開も非常に良かったです。

よくある終始銃を撃ち続けるような映画とは一味違っていました。

 

そして、この小説版『ホースソルジャー』も、映画版に負けず劣らず非常に面白い作品でした。

壮絶な戦闘シーン

もちろん、戦闘シーンは超面白いです。

例えばこのシーンとか。

敵の砲撃に身動きの取れなくなった騎馬隊が、どうしていいのかわからず、二の足を踏んでいた。なかには鞍をおりて、落ち着きをなくしている馬の足もとにうずくまり、狙われにくいように縮こまっているものもいた。

ドスタムが憤怒した。「敗勢になっているぞ!」無線機でがなった。「攻撃!攻撃!」

ドスタム軍は動かなかった。ドスタムが馬から飛び降りて、サドルバッグに手を突っ込み、AK-47の弾倉を数本つかみだすのを、ネルソンは見ていた。と、ドスタムが駆け出した。

尾根を駆けおり、タリバン軍陣地へまっすぐ向かっている。

(中略)

自軍の兵士たちのそばを通過する。唖然として目を上げた兵士たちが、ようやく恥を知った。馬にまたがり、あるいは徒歩で、ドスタムとともに前線を立て直した。騎馬隊が馬の首の上から撃ち、突き進んだ。戦場のうねりの高まりをネルソンは感じた。まるであらたな生命を得たようだった。

引用:『ホースソルジャー(上)』p287

圧倒的な火力でドスタム軍を圧倒するタリバン軍と、あまりの衝撃に動けなくなるドスタム軍兵士。

しかし、リーダーのドスタム将軍が自ら前線に突撃し、兵士たちは戦意を再び取り戻す。

 

この戦況の移り変わりに、思わず手に汗握ってしまいます。

 

圧倒的な力を誇る敵に、装備も数も劣る兵士たちが一致団結して立ち向かっていく。

 

映画とかでありがちな展開ですが、この文章を読むとやはり気持ちが盛り上がってきます。

 

特に、「戦場のうねりの高まりをネルソンは感じた。まるであらたな生命を得たようだった。」っていう表現が秀逸ですね。

一度はバラバラになってしまったドスタム軍が、将軍の雄姿に導かれ、まるで1匹の生き物のように団結して敵と対峙している様子が脳裏に浮かびます。

 

映画では映像と音で戦闘の迫力を余すことなく表現していますが、小説では文字だけで戦闘の衝撃を伝えています。

文字だけで戦闘の臨場感を感じたい人はぜひ読んでみてください。

前線に赴く兵士とその家族の心情

また、前線で戦う兵士たちとその家族の心情の描写も緻密で印象的です。

グリーンベレーの兵士たちが戦争の準備をしている時、戦っているとき、帰還した時と、様々なシーンで彼らの家族の心情が描かれています。

 

例えば、帰還後のこのシーンはなかなか印象的です。

「なあおまえ」スペンサーはいった。「うちに帰ろう」

帰り道でずっとスペンサーとマーチャは手を握っていた。マーチャが運転した。戦争中ではない国の一般道路を走るのはスペンサーにとっては久しぶりだったので、マーチャが運転してくれたほうがありがたかった。運転に自信がない。ドアを乱暴に閉めるような大きな音が聞こえると、はっとする。

家に帰って最初に二人がやったのは大喧嘩だった。それでもやもやが晴れた。そのあとはいつものように仲良くなった。

引用:『ホースソルジャー(下)』p278

映画とかでよくありがちな、2人が抱き合ってハッピーエンドってならないところが衝撃的ですね。

最初に2人がやったのは大喧嘩っていうのは凄まじいです。

いろいろと思ところがあったのでしょうね。

 

実は出撃前のシーンでは、 妻が夫の仕事が誰にも認められない仕事であることや、夫が生活の半分以上家を空けていることなどについて悩んでいるシーンがあります。

 

やっぱり、特殊部隊という変わった仕事をしているとそういった苦悩があるんですね。

 

他にも、マイローという兵士が戦場で人を撃ってしまったことについて悩んでいる描写もあります。

ゲームや映画だとロボットのように淡々と人を撃っているような印象がある軍人ですが、人間らしさを感じました。

 

また、現地の人の心情についても触れているシーンが多々ありました。

 

このように、戦争の裏側を描くといった点でも、本書は非常に面白い本です。

戦闘以外のグリーンベレーの仕事

本書で登場する特殊部隊、グリーンベレーは、ただ銃をぶっ放して敵を薙ぎ倒していくだけの組織ではありません。

映画だと戦闘シーンの派手さから、戦闘シーンにばかり目が行ってしまいがちですが、小説では戦闘シーン以外も楽しめます。

 

彼らの特徴は、このように表現されています。

SEALや正規軍はだいたいにおいて、相手国の言語や習慣や微妙なちがいを学ぼうとしない。それに反して、特殊部隊はまず考え、撃つのは最後になる。芯は強いが、相手をできるだけ傷つけずに物事をやり遂げる―それが特殊部隊なのだ。

引用:『ホースソルジャー(上)』p70

またこれ以外にも、戦闘、外交、国家建設の役割を担うとも書かれています。

 

確かに彼らが戦っているシーンは多いですが、それと同じくらい現地の人々と交流したりと、戦闘以外のシーンも多いです。

 

そのなかでも面白かったのは、食事中のこんなシーン。

チームの誰かがダリー語の会話集を出して、壁に影をちらちら映しながら。みんなでダリー語の挨拶を始めた。

「ナーム・チースト・ディーン」ノソログがいった。名前、ディーンです。

「ナーム・チースト・ダリン」クラウスがいった。

「ナーム・チースト・ブライアン」ライルがいった。

だれかが、「ちくしょう、こいつはうめえ!」とか、「くそ、きょうの空爆はなんてざまだったんだ!」と毒づくたびに、ヌールはその悪態を鸚鵡返しにして笑った。

「くそ野郎はどう発音するんだ?」ヌールがきいた。

「マザーファッカー」ノソログが教える。

「マザフッカー!」ヌールがいう。

ヌール軍の兵士たちと米兵たちは、酔っぱらっているみたいに大笑いした。むろん酒は飲んでいないが、風と猛烈な太陽といつ何時死ぬかもしれないという思いに酔っていた。

引用:「ホースソルジャー(下)」p59

超楽しそうwww

友好を深めるために、お互いの言葉を学びあっています。

言葉はちょっと汚いですがw

 

こんな感じで、アフガニスタン現地の人々と交流を深め、ともに戦っています。

 

また、この戦争を主導するのはアメリカ軍ではなく、アフガニスタンの人々であるといった表現もたびたび出てきます。

例えば、マザーリシャリーフに到達した時、ドスタム将軍にアメリカの国旗をバギーに付けてはどうかと提案される場面では、あえてその提案に反対しています。

バギーにアメリカ国旗のポールを取り付けてはどうかと、ドスタムがいった。スペンサーとネルソンは、名案だと思った。

マックス・バワーズが反対した。「これは彼らの勝利だ」アフガニスタン国民にアメリカが勝利者だと思わせてはならないと説明した。バワーズのいうとおりだと、スペンサーとネルソンは気づいた。

引用:『ホースソルジャー(下)』p123

外交の役割を担うとある通り、相手を尊重しているのがよくわかります。

 

相手を尊重し、ともに戦う。

このやり方がグリーンベレーのやり方だそうです。

 

このように、本書ではグリーンベレーの兵士たちが戦闘以外のことにも十分に気を配っている様子がよくわかるようになっています。

こういった戦闘以外のシーンもオススメする理由のひとつですね。

最後に:映画と合わせて楽しめる良作

  • 熾烈な戦闘シーン
  • 兵士や家族の心情描写
  • 銃を撃つ以外の特殊部隊の仕事

以上が本書の面白かったところです。

 

他にも、映画では語られなかったことがいろいろと書いてあり、既に映画を観た人にもオススメできる作品となっています。

例えば、マザーリシャリーフ入城後のジャンギー要塞におけるタリバン捕虜の反乱や、アフガニスタンでの特殊部隊の活躍から考える、イラク戦争における失敗の原因の考察などがあります。

 

このようにいろいろな見どころがあるので、読んで後悔はしない一冊です。

良かったら読んでみてください。